第18話 バルセロナ駅で野宿する危機一髪の日

1985年9月28日(土)

麻美に起こされる。
7:10発のバルセロナ行きの列車に乗る。この列車は今までで一番良い。6人の仕切られた部屋で片側は通路である。椅子を引き出すとベッドにもなった。音楽や照明の装置もあった。乗客の階級も良い。コンピューターの打ち違いで、席がかぶることが二度あり、車掌とのやりとりで車内がうるさい。

こっちの服装は二等車風であったので切符を切るまでは同室の人たちも変な顔をしていた。パスを見て、やれやれという様子だった。

スペインの汽車は時間がルーズなことを聞いていいたが、これのルーズさには肝を潰した。バルセロナが近くなった陽も西に傾いた頃、列車は遅れだす。あと1時間で終着のバルセロナに着こうとする時突然駅での停車が30分以上。車内放送もない。スピードも今までの半分に落ちる。バルセロナには2時間30分遅れで、夜中の11時半に着いた。

麻美がインフォメーションで宿を探す。不親切な対応だった。窓口の説明では駅の向かいあたりを探せという。重い荷物を背負い、あちこち足早に歩いて探す。汗びっしょりになる。結局見つからず、駅に戻って再びインフォメーションで聞くと、(勧めてきたのは)最初にバルセロナで泊まったホテルらしい。調度にタクシーが来て飛び乗った。運転手に話すと探しているホテルに連れて行ってくれた。しかしホテルは満杯でお払いをくった。

今日に限って現金は4000円余りしか手持ちになかった。予定では明日はフランスに入るので、安いホテルなら十分であるから・・・(と両替してなかった)
駅前には高級ホテルがあった。ホテルの親父は気の毒に思ってか運転手に別のホテルを教えてくれた。タクシーはどんどん田舎の寂しいところへ行く。明日の朝は早出なので心細くなってきた。次のホテルも満杯でシャットアウトをくらった。運転手が一緒に交渉してくれたがどこにも宿は見つからないので、とうとうタクシーは駅に戻った。
時刻は12:30だった。タクシー代825ペセタとチップを含め1000ペセタ払う。今夜の宿は駅と決めた。心細い。

駅を閉め出された数人が戸口で既に寝込んでいた。中は電話機などが荒らされるので、夜間は入れないとのことである。暗い中をのぞくと寝ている顔はジプシーに見え、恐ろしい気持ちで、麻美は怖がった。
あるアメリカの旅慣れた風の若い青年が来たので、一緒にいさせてもらった。大変安堵した。麻美の不寝番もあるので、朝まで寝なかった。麻美には防寒具を全部くるめてやった。コンクリートの壁に背を当てて寝て、ウツラウツラしていると午前2時頃、ふと目を開けると麻美の枕元に黒い肌の若いのが二人立っていた。目のみがギョロついていた。こっちと視線が合った時、二入の若者は暗い中に消えていったが、後になって恐ろしさで心臓がちぢみ上がる思いだった。それからも変なのがうろついていた。
夜が明け午前6時に駅が開いた。(ヨーロッパ時刻サマータイムが解かれた)

マラガからバルセロナへの車窓

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